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2006.12.3106:08

倖田來未の妹のmisonoが苛酷なダイエットに成功してアーティストとして完全復帰!体重が56.2キロから48.5キロへ!

今年は、有線放送大賞を受賞したりCD売上げ枚数ナンバー1のベストアーティストになったりして快刀乱麻の大活躍をした倖田來未(24)ですが、その妹のmisono(22)が3ヶ月の苛酷なダイエットに見事成功したようです。

misonoは元々day after tomorrowの女性ボーカルとして活躍し、CDセールスも好調で当初は姉の倖田來未よりも高い知名度と人気を誇っていました。しかし、その後体重の自己管理に失敗して、なかなか思い通りのアーティスト活動が出来ないという苦境に立たされていましたが、今回のダイエット成功でまた新たな活躍のシーンが増えてきそうですね。

僕自身は、身体の栄養の代謝効率が高いのか食べても余り太らない体質なのですが、女性は男性と比較すると、食べるものやカロリーによって敏感に体重に反映される人が多いようです。前日に甘いケーキやこってりとしたカルビの焼肉を食べると若干体重が増えたりとかするようで、抜群のプロポーションを維持している女性には人知れず苦労している部分もあるのでしょうね。

うーん、食べたいものを無理やり我慢する苦しさというのは分かりますが、それを3ヶ月間継続するのはかなりしんどいというか、misonoのようにモチベーションを維持できる目的がないと難しいと思います。

3カ月間のダイエット成功で48.5キロ!

ダイエットは、たかの友梨ビューティクリニックとエイベックスのコラボ企画で、ストレスなどで激太りしたmisonoの体を、デビュー当時の体形(体重42キロ)に戻すというもの。3カ月の間、週2~5回のエステサロン通いのほか、毎朝8時に起床し、3食11品目を摂取。さらにジムで体を鍛えるなどハードなプログラムをこなした。

過酷なダイエットでmisonoの支えとなったのが、ダイエットに成功してブレークした姉、倖田の存在。misonoは「姉に『一緒に頑張りたいから、まずはやせなあかん。がけっぷちダイエットとか言われると私も悔しい』と言われて。経過を逐一報告したら自分の事のように喜んでくれた」とうれしそうに告白。今後は“エロカッコいい”姉妹として共演する姿も見られそうだ。

芸能界に復帰してまたday after tomorrow時代のように大きな活躍をしたい、ソロのアーティストとしてもう一度大舞台で歌ってみたいというmisonoの意気込みが伝わってくるダイエット計画でした。

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テーマ : ☆女性アイドル☆
ジャンル : アイドル・芸能

2006.12.3105:35

異例の早さでイラクのサダム・フセイン元大統領の死刑執行!アメリカ主導(ユダヤ支援)の世界秩序に挑戦する中東の政治と宗教!

イラクの元大統領であり圧政を敷いた独裁者であったサダム・フセインが異例の早さで死刑に処されましたね。先月5日に一審にあたる高等法廷で死刑判決を受けて、今月26日に控訴院が判決を支持したことで死刑が確定しましたが、曲りなりにも国家元首であった人物が、判決から僅か4日で死刑を実施されるというのは珍しいというか歴史に残る事例となりますね。新生イラクの法廷で下された判決なので、アメリカ側のなんらかの政略的な意向もあったのでしょうが、余りに執行が速すぎると余計に裁判の公正性というか正統性に猜疑心が湧きますね……。

戦勝国が敗戦国の指導者を裁くことの是非については色々な見解があり、軽々に良いとも悪いともいえないのでしょうし、近代国家や国際法が成立する以前の中世なんかでは問答無用で処刑されていたのでしょうが、現代においてこういった形の国家元首(独裁君主)に対する裁判がどういった歴史的意味合いを持つのかは難しい問題だなと改めて思います。

サダム・フセインに死刑が宣告された罪名は、「人道に対する罪」という敗戦国の政治的指導者に科されやすい罪名ですが、フセインの場合は多くの虐殺や弾圧を指令したことが明らかなので一応この点に関しては弁明の余地はないでしょうね。直接の犯罪行為としては、1982年にイラク中部のドゥジャイル村のクルド人148人を殺した事件が上げられています。基本的に、イラク戦争で敗戦した時点でフセインが生き残れる可能性はなかったと思われますから、具体的な事件や犯罪によって量刑が確定したというよりも、軍事力を背景にしてアラブ主義的な独裁政治を行いイラク国民を虐待していたフセインの統治自体が「人道に対する罪」であるということなのでしょう。

フセイン元大統領の死刑執行

イラク国営テレビは「サダムが死刑になったことで、イラクの暗い時代が終わりを告げる」とのテロップを出しながら速報。一方で、米軍やイラク治安部隊は、死刑執行に反発するテロなどに対して高い警戒状態にあるとともに、米国務省はすべての在外大使館に警戒を強めるよう促した。

イラク支援にかかわるボランティア、高遠菜穂子さんは「一般のイラク人は自分の日々の暮らしで精一杯のはずで、それほどの騒ぎにはなっていないだろう」とした上で、「判決が出てから処刑までが早すぎたと思う。この時期、日本が正月気分で盛り上がるように、イラクでも“犠牲祭(イード)”といわれる祭りがある。こうしたムードの最中になぜ処刑を執行したのか」と疑問を呈した。

問題は、戦後処理の重要な政略としてこの国家元首の処刑が位置づけられていることですが、イラク国民がこの独裁者の死をどのように受け止めるのかによってイラク情勢の今後が占われる部分もあります。多くの識者は、フセインの死によって中東情勢やイラクの国民感情が変化することはないと見ているようですが、フセインの独裁政治を支持していた一部の軍事勢力が遺恨と抵抗を強めるのではないかとの見方もあるようです。以下に、アメリカの対テロ戦争の一環として行われたアフガン戦争とイラク戦争を簡単に概括しておこうかと思います。

アメリカ経済の中枢部であるニューヨークのWTCを襲った“9.11テロ”から始まったアメリカの「対テロ戦争」ですが、アルカイダに潜伏拠点を与えて保護したことを口実にして開戦したアフガニスタン戦争ではイスラーム原理主義のタリバン政権が打倒されました。そして、2003年に始められたアメリカとイギリスの有志連合によるイラク戦争では、バース党を率いる独裁者としてイラクに長年君臨していたサダム・フセインが政権から引き摺り下ろされアメリカの捕虜(戦犯)となりました。

ウダイとクサイというサダム・フセインの息子二人もイラク戦争の最中で命を落とすことになりましたが、とりあえず国家対国家のイラク戦争自体は、アメリカ有志連合の圧倒的勝利という形で比較的短期に終わりました。しかし、世界の軍事的な最強国家であるアメリカも、イスラーム信仰とナショナリズムの独立心が台頭するイラク国民を安定的に統治することに失敗し、近々、アメリカ軍が全面的にイラクから撤退するとも言われています。

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テーマ : サダム・フセイン元大統領
ジャンル : ニュース

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