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2011.05.0108:09

天皇皇后両陛下が東北地方の被災地を巡幸してお見舞いの言葉を語りかける!現代の象徴天皇制の終身的地位と役割の重さ!

天皇皇后両陛下が東北地方の被災地を巡幸してお見舞いの言葉を語りかける!現代の象徴天皇制の役割を果たす!

被災地を訪れた菅直人首相は、言葉掛けをし忘れた町の被災者から『もう帰られるんですか』と詰問され、『不十分な復興支援政策・被災者慰問の声掛け』について痛烈な批判を受けることになったが、高齢の疲れた身体を動かして被災地を訪ねられた天皇皇后両陛下を迎える被災者の気持ち・態度はそれとは対極的なものだった。高齢で体調も思わしくないと伝えられる天皇皇后両陛下であるが、自らの希望で初めに千葉県旭市・茨城県北茨城市など関東地方の避難所を訪ねられ、その後、宮城県の避難所に足を運ばれてお見舞いの言葉を述べられた。

王政復古の明治維新では天皇は『主権者の現人神』という位置づけでその権力と権威が異常に強調されたが、戦後の天皇は『象徴天皇制の枠組み』の中で国民により近い親しみのある天皇像として再編され、平成の今上天皇になってからは『国民目線・温容典雅・開かれた皇室・明るい模範家族のイメージ』が更に強調されることになった。イデオロギー的には天皇制(身分制・伝統権威の遺制)に賛成の人もいれば反対の人もいるだろうが、国家元首である天皇陛下が、津波で甚大な被害を受けた南三陸町・仙台市内の避難所を訪ねられて、体育館の床に両ひざをついてお見舞いの言葉を述べている姿には心を打たれるものがある。

高齢の身体で固い床の上に膝をついて、大勢の国民に励ましとお見舞いの言葉を掛けられる公務は非常にハードなものであるが、『被災者の方たちと直接会って言葉を掛けたい』という申し出は天皇皇后両陛下の側から出されたものであり、立憲君主制国家の国家元首・伝統権威として果たすべき終身の役割と国民への思いに誠実に向き合っておられる姿勢には敬意を感じる。両陛下が被災者と同じ目線に立って地面に膝をつき、一人一人に対して『お体は大丈夫ですか・今回は大変なご苦労をされておられますね・お大事にされてください』などと穏やかに声をかけることで、随分励まされた被災者もいることと思う。

天皇陛下も菅首相も被災地を訪問する時の心持ちとしては、『国民の心の支えとなって安心させ、困難を少しでも分かち合いたい』というものだったと思うが、菅首相の言葉が届かなかった被災者が多かった一方で、天皇皇后両陛下のお見舞いは『国民統合・歴史的正統性の象徴』として国民の心により届きやすいという不可思議な影響力を維持しているとは言えるのだろう。天皇家(天皇制)の悠久の歴史や陛下・皇后の人柄というものもあるが、民主制で選ばれる議員・首相は結局のところ『自分たちの代表者』といった認識の域を出ることができず、天皇家のような『伝統的・歴史的な権威や正統性』のようなものを帯びることはできない。

両陛下は1991年の雲仙・普賢岳噴火の被災地、1995年には阪神大震災の被災地、2004年の中越沖地震の被災地にも直接足を運ばれて、被災者の話を丁寧に聞いて励ましてこられたという履歴を持っているが、現代に残された象徴天皇の役割や国民に与えるその心理的効果について考えさせられるエピソードではある。天皇陛下は77歳、皇后陛下は76歳ということで健康面・体力面での心配もあるが、近代天皇制は生前に皇位を譲位して上皇になることはできず、基本的には終身的に天皇の地位・公務を果たし続けなければならない厳しい立場である。天皇に励まされ勇気付けられる人々の数の多さを思う時、日本が天皇のいない共和政に主体的に移行する日は来ないようにも思うが、『男系男子の皇位継承・男系の女性天皇の否定の原則』にこだわるとすれば、2代先以上(皇太子・愛子様か悠仁様以降)の天皇即位の継承者に困ることになる恐れは高いだろう。

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