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2011.09.0517:52

島田紳助の引退の引き金になったのは『紳助の人間マンダラ』でのトラブルか?

島田紳助の引退の引き金になったのは『紳助の人間マンダラ』でのトラブルか?

テレビ番組の司会業で人気のあった島田紳助が、山口組幹部との長年にわたるプライベートな交友を指摘されて芸能界からの引退(吉本興業からの解雇)に追い込まれたのが、その『黒い交際』のきっかけになったのはどんなトラブルだったのだろうか。芸能界や興行、相撲の世界とヤクザとの癒着関係の歴史は江戸後期にまで遡り、昭和期まではよほど大きな事件などに関与しない限りは『暗黙の了解』として看過されることも多かったのだが、平成の現代では『暴力団根絶』の社会世論が強まっており、著名人の裏社会との交流には極めて厳しい判断が下されることが多い。

島田紳助と幹部との付き合いは10年以上に及ぶと報道されており、紳助がマリナーズのイチローのユニフォームを手に入れて幹部にプレゼントしたり、紳助の開業した飲食店に組の関係者が訪れて祝儀を渡したりするかなり濃い関係が続けられていたようではある。島田紳助は会見の席で『過去の恩義からの付き合いであり、自分の中でセーフという認識だった』と述べているが、社会一般の常識から言えば、反社会的勢力にトラブル解決をしてもらって恩義を感じること自体に問題があるという風に受け取られても仕方が無い。

原則としては、トラブルは警察か司法を通じて解決するというのが、建前的要素はあるにしても近代市民社会のルールだからであり、『潜在的な組織暴力による威圧・脅し』を用いたトラブル解決は違法だからである。仕事で空港から現場まで移動する時にも、組が送迎者を回してくれていたというような話もあり、その真偽ははっきりとしないが、もし事実なら日常的・仕事的なつながりがあったという見方をされてしまうだろう。

なぜ芸能界で売れっ子だった島田紳助が山口組幹部とずぶずぶの親しい関係になってしまったのか、芸能週刊誌では事の発端は関西テレビが制作していた番組『紳助の人間マンダラ』で紳助が右翼団体を茶かすようなトークをして、右翼団体幹部を激怒させその抗議を軽くあしらおうとしたことにあると伝えられている。

番組で、『収録に遅れそうになってタクシーを飛ばしていた時、前を右翼の街宣車が軍歌を流しながらトロトロ走っていたので、紳助が『何トロトロ走っとんねんボケカス!』と怒鳴ると、街宣車からいかついお兄ちゃんがゾロゾロ出てきて言い合いになった』という話を面白おかしく語ったところ、右翼団体幹部から直接の抗議がありそれに対する紳助の対応が誠実でないと受け取られたために、テレビ局に対して街宣車が差し向けられるようになったという。

このトラブルに周章狼狽して疲れきり、一時は芸能界をやめようかと悩んだという島田紳助は、元プロボクサーの渡辺二郎に相談して山口組系幹部の某氏を紹介してもらい、右翼団体との仲介をしてもらったという事のようだ。確かに、穏当な仲介を速やかにしてもらった恩義を感じる気持ちは分かるが、本来であればテレビ局のスタッフや上層部と相談して、合法的な範囲内で警察の協力なども得ながら、右翼の迷惑行為に対する対策を講じるべきだったとは思う。

また、大資本であるテレビ局であれば、暴力団の仲介・助力を頼まなくても、幾らでもそれ以外の解決法を模索することが出来たはずだろう。島田紳助は『不良時代の過去・反社会的な振る舞い』を自らのやんちゃさとしてアピールする話術を得意としていたが、そういった不良性や反権威性への憧れが暴力団との交際につながる下地になっていた可能性も無論あると思うが。

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