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2006.11.1810:00

アメリカのノーベル賞経済学者ミルトン・フリードマンが94歳で死去。貨幣供給の金融政策で物価調整を考えた“マネタリズム”。

アメリカのレーガノミクスやイギリスのサッチャリズムに理論的根拠を与えた新自由主義の経済学者ミルトン・フリードマンが死去した。94歳での大往生だから思い残すことは余りなかったのではないかと思うが、ノーベル経済学賞を受賞しているとはいえ、経済学者でフリードマンほど現実の政治に大きな影響を残した人物はいなかったのではないだろうか?

米経済学者のフリードマン氏死去 ノーベル経済学賞受賞

市場原理と通貨供給を重視する「シカゴ学派」を率い、ノーベル経済学賞を受賞した米国有力経済学者、ミルトン・フリードマン氏が16日、カリフォルニア州サンフランシスコの自宅で心臓疾患のため死去した。94歳。80年代の米レーガン政権や英サッチャー政権の「小さな政府」や、今日の中央銀行の金融政策にも影響を与えた。

1946年から76年までシカゴ大教授を務めた。物価は貨幣供給量によって決定されるとした「マネタリズム」を構築し、76年にノーベル経済学賞を受賞。マネタリスト集団は「シカゴ学派」とも呼ばれた。ニクソン、フォードなど歴代共和党政権に助言、レーガン政権初期には経済政策諮問委員会委員を務めたほか、国営企業民営化を推し進めた英サッチャー政権の経済改革も理論的に支えた。

レーガノミクスはアメリカ経済の格差の問題を深刻化させたし、サッチャリズムも余りイギリス経済の成長には貢献しなかったように思うが、市場原理を最大限に信頼して、貨幣量調整によって物価や景気をコントロールしようとするフリードマンのマネタリズムには、無際限の公共投資を行うケインズ主義の対立軸としての意味づけがあった。現実の経済政策への応用の是非はともかくとして、フリードマンが国家財政を均衡させる方向の新自由主義(新保守主義)を説いたことには、その著書のタイトルにあるような『政府からの自由』という意義もあったように思える。

僕は必ずしも新自由主義の弱肉強食的な競争経済のルールに全面賛同するわけではないが、政治と哲学をコツコツ学んできて思うのは、『干渉されたくなければ、自立自尊の立場を失うな』ということであり、『権力から命令されたくなければ、権力の恩恵から極力自由であれ』ということですね。

無論、社民主義的な福祉国家の倫理的な確からしさを認めた上で、自由主義を論じることは大切であるが、自由主義の本懐とは『社会的・経済的自立によって他者(権力)からの不当な支配及び干渉を排除できる魅力』にあるのではないかなと思う。かつて家父長制社会では、女性は男性の経済力に生活を依存せざるを得ないために自由を剥奪されていたが、それと同様に、過度の国家からの福祉や支援を得ると国家への依存によって国家からの自由を主張することが難しくなってしまう気がする。

生活に困窮しているときや自力で克服できない障害があるときには、共同体的な位置づけでの国家に支援を頼むことは必要であるし、それは人間の最低限度の尊厳や人権の保障につながる。そういった必要不可欠な支援や救済として、社会福祉政策を展開することは国家の義務であるが、自由主義が社会福祉と無縁の思想であると即断することには留保が必要かもしれない。

僕は、フリードマンの本を学生時代に時折読んでいたのだけれど、その中で今も頭に残っている理論や情報は少なくなっています。また、時間があれば経済学の本なんかも読み直してみたいなと思う。フリードマンが主張した『負の所得税』構想は、所得に応じて一定の公的給付を機械的に行うという面白いアイデアであったような記憶がある。負の所得税を、現行の無駄の多い福祉政策と部分的に置き換えてみることには、財政再建的な意義があるんじゃないかなと思ったりするが、市場経済と資本主義の未来というのは本当に予測がつかない。

負の所得税とは一定の所得水準ラインを定めて、それに満たない部分を国家が現金で支給する税制であり、リバタリアニズムでは間接税を財源にして、直接税を廃止することで労働のインセンティブを高める税制と言われたりもするが、人間ってそこまでして所得に応じた所得税や法人税を支払いたくないものなのだろうか……その辺の気持ちは、年に何千万円も納税する高額納税者になってみなければ分からないが、財産や収入があればあるほどそれを増やしたくなるような利己主義の欲求というのは確かにあるのでしょうね。

ちょっと妄想的に考えると、負の所得税をうまく税体系に取り込んでいければ、年金・保険・生活保護などをトータルに勘案した給付水準を調整して、現金給付をネットワークで自動化できるんじゃないのかなあ。大幅な福祉政策の人的コストを削減し、全ての国民に最低限の生活水準をオートマティカルに提供できるとしたら全てが丸く解決するともいえるけど、労働意欲の問題とか単純労働の需要とかそういった要因で難しそうだな。

誰もやりたくないような仕事で、給料が安い場合には、負の所得税を給付して貰える程度のバイトをしたほうがマシということになってしまう。まぁ、負の所得税といったって、年収100万円くらいのボーダーラインで生きるか死ぬかといったラインに設定してくると思うけれども。

負の所得税はベーシック・インカムを実用化する施策の一つとも見なせるわけで、自由主義的でありながら共同体主義的な側面も併せ持っていると考えると不思議な税制度なんだな。所得税や法人税を殆ど取られない代わりに、間接税(消費税)がかなり高くなって、生活保護の代わりに最低所得に満たない人に一定の現金給付がされるということだけど、そっちのほうが意外に将来の不安が少なく安心して暮らせそうな気もする。

自由主義は自己責任を強調するので、生活保護制度だと審査の段階で厄介な問題があったり受付の人間の裁量が働いたりするが、ベーシックインカム的な負の所得税だと、いちいち役所で申請せずに納税額から割り出して給付金が決まることになるからね。とはいえ、よほど厳しく所得を確認していないと不正受給が多くなりそうだから、バイトやパートも源泉徴収にしていく必要があるね。自営業の場合は所得を捕捉できない部分もあるだろうけど、極端に生活水準が収入に見合っていない場合には外部機関で監査したりすることも必要になってくると思う。

まぁ、現代の日本でこういった自動化された給付で福祉を行う税制は確立されないだろうし、生活保護を審査したり年金支給額を計算する為に必要な膨大な人権費も省庁の権益の一つになっていると思われる。多くの人は消費税の増税を嫌うけど、間接税の税源と社会保障とセットにした場合には、正規社員で一定の給与のある人では、直接税より間接税中心の税制にしたほうが得する部分が大きいんじゃないかなと思う。

自己責任が曖昧化するという原理的な問題は抱えているけれど、低額所得者や貧困層を完全に切り捨てるという政策を取るよりも税制をシフトして、全員が最低限の保障を得ながら稼いだ人は稼いだなりに裕福な生活が出来るような社会保障制度の再建をすることが必要なのではないかと考えました。マネタリズムやシカゴ学派というキーワードをフリードマン関連の記事で久しぶりに目にしたけど、こういった経済学を理解するための予備知識をすっかりと忘れてしまったので、コツコツと経済学のお勉強もしていきたいですね。

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テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

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