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2006.11.2220:25

『池内ひろ美の考察の日々』の“期間工の記事”に見る職業アイデンティティと格差意識に基づく批判の問題:2

僕は、前回の記事で、長い年月を通して社会的承認を経たイメージのことを、『相対的な格差感を伴うイメージ(ステータス性・経済力・影響力・信頼感)』と呼んだのですが、相対的な格差間を伴うイメージとは直截に換言すれば、『本音レベルにおける格差意識』というものに近いのかもしれません。

この職業(仕事)にまつわる格差意識は、職業の差異化の意識であり、非難されるべき職業差別と直接的に結びついているわけではないと思いますが、『私はあの仕事よりもこの仕事が好きだ』という価値判断や『本当はあの仕事をしたかったんだけど、生活を維持する為に今の仕事を選んだ』という現実判断と密接に関係しています。

『高額所得を得られる職業・収入の少ない職業・特殊な資格やキャリアが必要な仕事・体力を使うきつい仕事・頭脳を使うスマートな仕事・頭脳とコミュニケーション技術を使う仕事・事務的な作業を繰り返す仕事・創造的なアイデアを必要とする仕事・社会的評価のある職業・華やかな綺麗な仕事・黙々とする裏方の仕事・安定した雇用形態・不安定な雇用形態』というような漠然としたイメージによって構成されている格差意識(差異化の意識)は誰もが持っていて、それと自分の能力やキャリア、資格、希望を照らし合わせることで可能な範囲で職業選択を行っていると考えられます。

多次元的な社会システムの中で市場経済が営まれる現代社会では、『本音レベルにおける格差意識』を吐露する主体者の属性(影響力)によって、『相手の反応(批判・否定・共感・肯定)』が大きく変わってくるのでしょう。

つまり、社会的アイデンティティに対する満足度が強く『安定性・実益性・社会的評価』が高い者ほど、その発言に包含される差別意識や自尊心が厳しくチェックされる可能性が高いということであり、他者に対する傲慢不遜な態度が強く批判されやすいということです。

自分を優位な立場においてメタの次元から行う批判や侮蔑は、他者の自尊心やアイデンティティを傷つけるが、同時に、自己愛や自尊心の強さが強調されることで他者からの尊敬や評価を失う恐れもあるので「諸刃の剣」でもあります。社会的な影響力や経済的な余裕が大きい人ほど、謙譲の精神や啓蒙の努力、人格の練磨を発揮してコミュニケーションや表現活動をすることが求められるということであり、そういったノブレス・オブリジェ(優越者の義務)を果たせない限りは『他者からの本音の評価(共感・同意)』はなかなか得られないという事でしょう。

しかし、曲がりなりとも期間工という体力の要る仕事をこなして、経済的に自立して働いている男性に、『向上心の欠如・向学心の欠如・時間の非生産的な浪費』を指摘して批判するのは、余計なお世話というか差し出がましい干渉とは言えるでしょうね。

また、初対面の期間工が本気で『雇ってくださいよ』とお願いしていたとは考えにくいし、もしかすると、池内ひろ美さん達3人の機嫌を取りながら、大人としての態度で場を盛り上げていただけなのかもしれない。そうなると、メタの視点からその場限りのおしゃべり(コミュニケーション)を楽しんでいたのは、期間工の3人ということになってしまうわけですが。

人間は社会的アイデンティティに応じた役割的な振る舞いを自然に取ってしまう傾向があるので、4人の30代期間工達は、年上のキャリアのある女性に『建前としての敬意や憧れ』を示しながら、3人の女性の自尊心やアイデンティティを肯定するような対応(コミュニケーション)を『大人の態度』で取っただけかもしれませんが。

少なくとも、30代の男性に対して『男の子』といった表現を用いるのは優越欲求を誇示し過ぎているように感じますね。『トヨタを漢字で書けるのだろうか?』という内面の述懐は、相手の知性を愚弄することで、自分の知性を相対的に高く見せようとする姑息な意図が透けてみえるので余り感心できません。

そもそも「豊田」という漢字を書けるか書けないのかという懸念は、相手に小学校3年生程度の基礎知識があるのか否かという、実社会においては殆ど無意味な知識水準の憶測です。仮に、書けなかったとしても、それを殊更に言い立てて侮蔑することは、知的障害や学習障害などに関する見識の浅さや思いやりの無さを示しているに過ぎないように思えます。期間工の教養水準を必要以上に低く推測する批判のやり方はフェアでないし、そもそも公開の場の文章で記述する必要がない事柄ですね。読み手に期間工の教養が低いという印象を植え付けようとする、悪意あるミスリードと解釈される恐れが高いと思います。

『あからさまな自己愛(優越感)の発露』としての文章表現を、署名入りでインターネット(ブログ)に公開することの意義や効果が僕には見えてこないのですが。この反論記事で明らかになった事といえば、池内ひろ美氏の社会的弱者に対する思いやりの無さや差別意識を生み出す社会構造の問題、既存社会の権威への迎合といったものですし……他者を公開の場で批判することの難しさを痛感させられる記事ではあったのですが、自分の職業と関連したブログで、こういった誤解されやすい主張や無根拠な批判をすることは賢明ではないと思います。

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テーマ : 格差社会
ジャンル : 政治・経済

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何故祭りに?

こんにちは
前回の記事も含めて興味深く読ませていただきました。
いきなりの質問で恐縮ですが、何故、池内氏のブログが祭りになったのだと思いますか? 再掲などのその後の燃料投下以前の祭りの初期のことですが。
祭りの最中に期間工関連のスレッドを見てもほとんど池内氏の記事は話題になっていない。池内氏関係の書き込みはほとんど煽りでしょう。さらに最近のスレッドはすでに別の話題になっていて、誰かが期間工の話に戻そうとすると「そんな次元の話はもう終わった」と言う。つまり、彼らにとっては期間工発言はきっかけであって、実はどうでもよかったわけなのですが、それはともかく、池内氏の何が彼らを燃えさせたのか?
普段から差別発言が飛び交っている2ちゃんねるで、誰かがブログで差別発言をしたから鉄槌を下す、というのは本当の理由ではないでしょう。こちらの記事では、差別意識について深い論考をされているのでご意見をうかがってみたくなった次第です。
お忙しいとは存じますが、お聞かせいただければ幸いです。

コメントどうもです!

僕は2ちゃんねるのスレッドを見ておらず、上記記事はJ-CASTニュースの記事を見て書いたので2ちゃんで何故祭りになったのかは分かりかねますが、いずれにしても、ネット上での『祭り(炎上)』というのは一過性のものであるという気はします。

池内ひろ美氏の何が彼らを燃えさせたのかという原因については、(僕は彼女のことをこの問題以前に知りませんでしたが)池内ひろ美という名前が匿名でなくそれなりの知名度を持っていたことが大きいのではないかと思います。

実名で対価を得て仕事をしているのに、公共性の乏しい差別的な記事を上げたことが一部の人の目に付いて炎上したのだと思いますが、その背景には、現在の日本にある雇用格差(新卒採用重視の風潮)や所得格差(生涯賃金格差)の問題があるのではないでしょうか。

『勝ち組』や『負け組』といった表層的な言語による国民の二極化とも無関係ではないでしょう。

将来への不安と優越感・劣等感のコンプレックスが入り混じった現代の状況では、『職業・所得・地位・学歴・雇用形態・社会保障・教養』などについて目上の視線から語ることは一定以上の不快感を与えやすいということではないかと思います。

池内氏の場合には、明らかに経営者側の視点から労働者の能力や人格の価値を査定するような語り方をしていたのがまずかったというか、「(能力があり努力した)私はあなた達とは違う」というメタのメッセージが読み手に伝わってしまったんでしょうね。

それでは。

こんにちは、遊貴さん

せっかくレスしていただいたのに遅くなって失礼しました。遅くなった理由は、年末で仕事が忙しかったというのもありますが、件の騒ぎのその後を横目で見ながら、最初の印象が変わってきたので少し考えていたせいでもあります。
私も今回の騒動の根底には「格差意識」というものがあると思っていたのですが、2ちゃんねるのスレッドをしばらく眺めているうちに、もうひとつの違った何かが見えてきたような気がしたのです。
試しに、ネット上の友人たちに池内氏の記事について意見を求めてみると、「どこが差別発言か分からない」「不快な記事である」という二つの意見と、その人の社会的なステイタスはまったく相関関係が無いという結論でした。もちろん、正しい調査手法をとったわけではありませんので正確さには欠けますが、経験上、ある程度の信頼性を持つことが出来るかと感じています。
この結果には私も驚きましたが、職業にまつわる格差意識だけが、池内氏の記事への反感を生むわけではないという仮説も考えられます。
そういえば、いまだに2ちゃんねるで池内氏を批判している人たち、これも私の感触でしかないですが、いわゆる高学歴の人たち、中には大学院生ではないかと思われる人たちも多いようです。
そうすると、普段は差別発言が平気で飛び交っている2ちゃんねるにおいて、住人たちが池内氏の記事を差別だと糾弾しているのは、実のところ、離婚なんて卑しいことをネタに商売している女が偉そうなこと言いやがって、みんなでやっつけてやる、という意識で行っていると思えるのです。
少し前までは、離婚というのは忌み言葉とされていました。今でも離婚家庭や母子家庭に対しては偏見や差別意識があります。
以前、あるワイドショーだったと記憶していますが、宮台真司氏が、「(子どもと)血が繋がっているとかいないとか、そんなことはまったく関係ないんだよ」といきなり激高したことがあります。あまりに唐突で激しい発言でしたので私も印象深く覚えているのですが、当時、宮台氏はいわゆる子連れの女性と事実婚をしていていました。気鋭の若手社会学者、つまり社会的なエリートであった宮台氏が子連れ女と同棲している、そのような声にならぬ差別意識を普段の生活の中で感じていたがゆえの激しい感情の吐露だったように思えます。
池内氏の反論記事は、私にはあの時の宮台氏の怒りと同じものを感じました。実際、2ちゃんねるの池内氏糾弾のスレッドの中でも、離婚家庭や母子家庭に対する差別的発言が横行していましたから、離婚をテーマに活動している池内氏としては、そこは反論すべきところだったのでしょう。池内氏にとっての社会的弱者とは母子家庭なのですから。
これを池内氏擁護の発言ととられても困りますし、遊貴さんの記事を批判をしているわけでもないのです。言いたいことは、差別意識とはまことに複雑で錯綜しているものだということです。
誰かが差別発言をしたといって集団で叩く。そこには差別意識と偏見の塊しかない。実際、2ちゃんねる以外の池内氏批判のブログも見て回りましたが、まともに論考して批判しているものは、本物の期間工さんのブログがひとつ。後は遊貴さんのもの。私が見た限りでは二つだけでした。つまり、まともな批評能力も持たない人間が言葉を世の中にまき散らす時代になってしまった。
それは差別意識という昔ながらの人間の厄介さに加えて、今日の「自分以外は全部バカ」「オレ様化する子どもたち」の時代の歪みがインターネットの中で、何かとんでもないものを生み出してしまったのではないか。
その危惧が、今回の事件の成り行きを注視している理由ですし、こちらにコメントさせていただいた理由です。長すぎるコメントになってしまいました。遊貴さんにはこれからも、示唆に富む記事を期待しております。

職業差別と母子家庭の差別は何処からくるのか?

三里塚さん、興味深い実体験に基づく貴重なご意見をありがとうございます。

池内ひろ美さんへの批判が、「職業に対する差別意識」だけでなく「家族関係(男女関係)に対する差別意識」にも関係しているのではないかという指摘は的を射たものではないかと思います。僕の中では「池内ひろ美氏の生業に対する差別」と「母子家庭・離婚家庭に対する差別」の2つのラインに差別感情が収斂されるような感じがあり、同時に、母子家庭そのものというよりも「女性の性的な振る舞い」への批判が発露しているのではないかと思いました。

母子家庭や離婚家庭をお金儲けの対象とすることへの差別感情というのは、古典的な差別感情であり「他人の不幸を元に経済活動をすることは道徳的に好ましくない」というもので、消費者金融とか宗教ビジネスとかギャンブル関連とか高額医療とかにも見られるものですね。

「母子家庭・離婚家庭に対する差別」が現代社会どれくらい強いのかの実感には個別差(地域差)があると思いますが、僕の周囲では「母子家庭・離婚家庭では子供にきちんとした教育投資を行いにくく、女性が水商売・風俗などで働かざるを得ない情況に追い込まれることがある」という社会的なハンディキャップのイメージのほうが差別感情よりも強い印象があります。

母子家庭や離婚家庭への批判の典型的なものとして「親の身勝手な都合で片親にしてしまうのは、双方の親としての自覚が足りない」というものがあり、女性の浮気で結婚関係が破綻した場合には「不倫するような女性は、既存社会にある家族の秩序感覚を撹乱する危険な存在である」という感情とも結びついています。

夫唱婦随のような保守的な価値観の持ち主であれば、不倫のような明らかな落ち度が女性になくて男性の暴力や不倫で離婚した場合でも、「近頃の若い女性は、家庭を守ろうとする気概や我慢がない。浮気は男の甲斐性であり、多少の暴力は誰にでもあるものだ」と斬り捨てられることもあるかもしれません。

最も差別感情が強化される母子家庭事例を考えてみると、女性がとっかえひっかえ男を変えているケースであり、「性欲をコントロールできず、相手を選ばずに付き合って自滅するバカな女」というようなレッテル貼りはある意味オーソドックスな女性蔑視のフレームワークになっていますね。

とにかく、性にだらしがなくて複数の異性と同時に関係を持っているようなケースでは、男性よりも女性のほうが強く非難され罵倒されるケースが多いですね。これは男尊女卑の文化的伝統というよりも、結婚制度と娼婦(売買春禁忌)を持つ人類におよそ普遍的なものであるといえそうです。

「子連れの女性と同棲する男」が揶揄されるようなケースの根底にある感情を推察すると、「お前の女は他の男との間で子供を作ったような奴なのか」という女性への男性の独占欲求に発露する差別感情です。女性を家長の所有物としてモノ化する旧態的な結婚制度を支えた価値観と言い換えてもいいでしょうが、男女同権を建前とする現代の日本でもこういった「俺の女(俺の独占的な所有物としての女)」的発想をする男性というのは一定の割合でいますからそういった差別感情の温床には事欠かないのでしょう。

象徴的にいえば、処女崇拝の精神性(完全なる異性の独占願望)に通底するもので、性的な身体性において「新規(穢れのない状態)」であることを女性に求めて自分以外の男に性的な快楽を与える女性はけしからんというものでしょう。なぜ、そういった感情が普遍的にあるのかといえば、生物学的に自分の子孫を残したいという遺伝プログラムがあるとしかいいようがありませんが、「他の男と関係を持った証拠としての子供」というスティグマ(烙印)に呪縛される男が多いのではないでしょうか。

連れ子を虐待するような男の劣等感やヒステリックな逆上にも、こういったスティグマが見られる感じがあります。戦いに打ち勝って子連れの♀ゴリラを捕まえた♂ゴリラは、他の♂ゴリラの子供を殺して自分だけの子供を新たに作るといいますが、そういった進化の名残がある人もいるのかなと思うこともありますが。

「恋人や妻の過去の性的経歴」に過剰な嫉妬や不快感を見せる男性の場合には、やはり、一夫一婦制を軽視する振る舞いをする女性への差別感情や蔑視の思いが強まりやすいのだと思います。
そういった男女間の独占欲求の問題とは別に、母子家庭は経済的な貧困に陥りやすいとか、子供に十分な教育投資が出来ずに子供の学力・才能を伸ばしにくいとか、母親が水商売などをすることになりやすくて子供に男に媚びる母親の姿を見せやすいとか、そういった経済的側面での差別感もあるかもしれませんね。

後は、「結婚関係を破綻させた女性」に対する離婚経験者である男性の憎悪とか怒りみたいなものも関係している部分があると思いますし、女性の性的な側面と家庭的な側面のバランスの崩れを非常に不愉快に思う保守的道徳感情といったものも影響している部分があるでしょう。

長くなりましたが、それでは。

遊貴さん
年の瀬のお忙しい中を、丁寧なレスをいただきありがとうございます。
猿山のボスの話はおもしろいですね。離婚女性や母子家庭蔑視の問題を、私は社会学的な視点からだけ考えていましたが、その根っこに動物の本能、利己的な遺伝子が関わっているのであれば、なるほど差別意識の根絶は難しいわけですね。
これに加えて、遊貴さんが上の記事で書かれていた社会的アイデンティティの問題も含めて考えると本当に問題は複雑になりますね。アメリカでは、成功したアフリカ系アメリカ人は、そうでないアフリカ系アメリカ人に対して差別意識を持っていると聞きます。成功できないのは努力が足りないからだと。朝鮮人差別についても、成功した在日韓国人はそうでない同胞に対する差別意識のようなものを感じるときもあります。
そう考えれば、今日の日本やアメリカ、その他の自由主義経済圏の先進国もそうだと思いますが、差別意識のキーワードは「頑張ってる」ということかもしれません。頑張って社会的な地位を得た人間は、頑張ってない人間を平気で蔑視する。そこには、生まれによって差別することと違って、ある種の免罪符があります。頑張れば誰でも成功できるよ、というのが自由主義経済のお題目ですから。しかし、現実にはなかなかそうもいってない。頑張るための環境からして不平等だと感じる人も多い。頑張ってるけど社会が認めてくれないという不満を抱えている人も多い。期間工の中にも頑張って、今の状況から脱したいと思ってる人も多いが、では、どのように頑張ればよいのか? そこは私も有効な手段が思いつかない。頑張りたくても頑張りようが無いという絶望感もある。フランスなどで起こっている移民の若者の暴動はその絶望感です。加えて、今の日本には頑張ってないのにそう指摘されると猛反発する若い人も多い。私も仕事の上で、あきらかに努力が足りないと思われる若者にそう注意すると逆ギレされたりします。人材教育の専門家に聞くと、それは絶対にやってはいけないことらしいのですが、とまれ、このような要因のすべてが、今回の2ちゃんねる騒動の中に含まれているように思えます。
さて、遊貴さんとやりとりして有意義な時間を過ごさせていただいたのですが、そろそろ私も2ちゃんねらーの標的になりそうな予感があります。こちらのブログに私がいることを知られると、彼らが荒らしに来て遊貴さんにもご迷惑をおかけしますので、このあたりで消えます。
遊貴さんとはもう少しお話ししたかったので残念ですが、ROMとして記事は読ませていただきたいと思います。気が向けばハンドルを変えてコメントすることもあるかもしれません。その時はよろしくお願いします。ありがとうございました。

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