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2007.04.1921:38

国宝指定の「飛鳥美人(極彩色壁画の女子群像)」で黒いカビが増殖!高松塚古墳の石室解体による補修作業の難航!

長い年月による風化が進むエジプトのスフィンクスや原型が次第に失われつつあるギリシアのパルテノン神殿、原色の鮮度が薄らいでいく原始時代(旧石器時代)の壁画(ラスコーの壁画)などを見ると、歴史的な遺跡や史料を原状維持で残すことの難しさを思い知らされます。日本の飛鳥時代(7世紀末)の遺跡として有名な高松塚古墳の色鮮やかな壁画も急速に劣化が進んでいるようです。こういった日本国の歴史過程を客観的に証明する歴史的遺跡や文化的遺構をどのように長く保存するかということが、今後の歴史学や考古学のフィールドワークの課題となるでしょうね。国宝や重要文化財などの適切な保護施策と確実な保存方法が、史料(物証)に基づく歴史研究の良し悪しを決めてくることにもなります。

高松塚古墳は7世紀末から8世紀初頭の王族(天皇家・豪族など有力者)の墓と考えられていますが、奈良時代の首都である平城京に遷都する前の藤原京時代の古墳という説が有力なようです。女帝である持統天皇の時代に築かれた藤原京というのは、唐の長安(西安)のような周囲を防壁で囲まれた大陸風の都城(とじょう)ですが、日本で初めて都市を碁盤目状に区切る「条坊制」を採用した都市でした。

持統天皇は飛鳥浄御原宮(あすかきよみはらのみや)から藤原京に遷都したわけですが、この時代の皇統や政治活動、貴族の生活様式、都市文化にはまだ不明な部分が多く、日本の歴史の起源にある王朝政治(貴族文化)については、これから新たな研究調査による発見が待たれるところです。

古墳時代に続く飛鳥時代に分類される藤原京は、持統天皇・文武天皇・元明天皇が統治する16年間にわたって日本の大和政権の中枢として機能しましたが、710年の平城京、794年の平安京に向けて日本の公家文化・天皇政権が成熟発展する端緒となった時代でした。

「飛鳥美人」、黒いカビは9カ所 高松塚・石室解体

奈良県明日香村の高松塚古墳(7世紀末~8世紀初め)で石室解体を進める文化庁は18日、5月に解体する予定の東西壁に描かれた女子群像の絵とその周辺の計9カ所で黒いカビを確認した、と発表した。「飛鳥美人」として知られる壁画で、これまでもカビなどによる劣化が判明していたが、それが拡大した。

新たに黒い粉状のカビが見つかったのは、西壁の4カ所と東壁の5カ所。西壁の女性の黄色い衣装の胸や、東壁の女性の白い衣装の肩付近で1~5センチ四方に広がっていた。絵の周囲でも1~8センチ四方で見つかった。一部を筆で除去し、エタノールによる殺菌処理もした。

奈良県明日香村にある高松塚古墳は未だ誰の墓なのか特定されておらず、埋葬されていた人物が誰であったのかについてWikipediaの記事によると『天武天皇の皇子説(忍壁皇子・高市皇子・弓削皇子)・臣下説(奈良時代の古墳説)・朝鮮半島系王族説(「百済王の禅光」説)』の3つの仮説が提唱されているそうです。高松塚古墳そのものは特別史跡、極彩色壁画は国宝に指定されているが、この極彩色壁画の劣化・退色(変色)に対する保護施策として、2005年に文化庁は石室を解体して補修する対策を指示しました。

2007年現在では、石室を16枚の部分に解体して、各壁画に彩色の補修や防カビ処理などを施す保存計画となっていますが、女子群像(飛鳥美人)をはじめとして壁画の劣化の進行が早いために苦戦していますね。壁画の原型をできるだけ忠実に保存することが望ましいと思いますが、増殖し続けるカビと小量の雨水の侵入を防ぐ為には、やはりいったん石室を解体して密閉性と風通しのバランスが取れた石室を組みなおす必要があるのではないかと思います。

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