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2007.07.0223:48

フリーターやニートを支えきれなくなる家族と若年層の貧困化の問題!日本全体の経済力の低下と格差社会の閉塞感にどう対処すべきなのか?

■格差社会の進展と若年層の貧困問題に対する社会的支援の問題

新自由主義思想を背景にした小泉改革路線と日本の国力(人口・経済の規模)の縮小によって、国民の所得や資産の格差は拡大傾向にありますが、特に10代~20代の若年層で『教育・技術・コミュニケーション力・家族・資金』などが全くない人はかなり厳しい状態にあるようです。現在の日本では、3人に1人が年収200万円以下の非正規雇用者になっており、4人に1人が社会保険料(公的年金・健康保険)を支払う経済力がなくなっていると言われますが、その意味ではJ-CASTの記事にあるように日本全体が緩やかに貧困化しているわけです。

広がる若者世代の貧困 「一回転ぶとドン底まで行く」――NPOもやい事務局長・湯浅誠氏インタビュー(上)

そういう感じですね。日本全体が「貧困化」していると思います。若者はメディアに非常に注目されてるので、どうしても貧困の問題は就職氷河期の問題と結び付けられやすいのですが、私は必ずしもそうではないと思います。全体が地盤沈下しているなかで、とりわけ若者に注目が集まっている、ということです。家族の相談が増えてきたのも特徴です。支えてきた人が一緒に来て、言うことは決まっているんです。「今まで何とかしてきたけど、もう限界だ」と言うんですね。こうした人たちは「貧困」という状態までは行ってないけど、支える余裕がなくなってきてる。考えてみれば、例えば定年退職しても、貯金とわずかな年金で、あと20年~30年、ひょっとしたら40年、息子や娘を支えて暮らしていかないといけない。勿論そこには、不安があるわけですよね。「もう限界だ」というので、相談に来るんです。

特に、成年になったフリーターやニートの子どもを支える『家族基盤』が失われつつある中で、家族のいない若者が年収100万円程度のフリーターである場合、衣食住を賄えずにホームレスに近い状態になるリスクが相当に高くなります。また、今は、フリーターの若者の生活を支援できている親の世代も、年金不安や高齢化によって少しずつ子どもを支えることが難しくなっていきますから、『若者の貧困化』が将来のスラム街の発生(治安悪化)やホームレスの増加などにつながっていく恐れもあります。

何より、格差が拡大して生きていくことが難しくなればなるほど、『新しい子どもを作ろう』という明るい未来への意欲が削がれていきますから、社会全体の活力や希望が薄れていくという問題があります。今子どもを産もうとする場合に、親が最も不安なのは『もし、子どもが上手く経済的に自立できなかったらどうしよう?』ということであり、終身雇用制が崩壊しつつある現状では大企業の社員でさえも10年後、20年後の自分の生活が安泰なのかを予測することが難しくなっています。人間が家庭生活や男女関係を楽しむためには、生活の安心や所得の安定というのが原則ですが、そういった経済基盤の部分がゆっくりと崩れていることが将来不安や人口減少の根底にあるのかもしれません。

日本全体の貧困化の行き着く先は、非常に生存淘汰圧の厳しい『格差社会』か全体の生活水準が少しずつ低くなる社民主義的な『ワーキングシェア社会』になると予測されます。市場原理を強化する現在の政治改革のまま進むと、少子高齢化社会の中で更に格差が大きくなる可能性が高いのですが、国民の心身の健康を維持して一定の労働意欲(学習意欲)を維持するには『最低限度の生活水準と再チャレンジ可能な就職システム』を整備することが必要だと思います。一度、経済的・社会的に転落したら、ネットカフェ難民や友達の家を移り歩くような半ホームレス状態になってしまうという現状は変えていくべきですし、家庭からの支援や教育的な投資を受けられない若年層は公的にもっと援助していかなければならないと思います。

先ほどお話しましたが、31歳で実家で飢えていた男性は、最初に来た時、「30歳になって恥ずかしい、もう生きて行けない」と言ったんです。「意欲の貧困」というか、すでに精神的に「溜め」がなくなっているんですね。生活の基盤ができた、友達ができた。そういうことがあって元気になれたんだと思います。

あと、生活保障や居場所、そういったものがセットで提供されることが非常に重要なんですね。僕は「再チャレンジ」はうまく行かないと言っているんですけど、「再チャレンジ」というのは一言で言えば、「労働市場で働け」ということですよね。条件が過酷ですから、その日の暮らしに追われて、「溜め」ができないわけです。もっと働いたところで、脱出できるわけでもない。どうやったら、その人の「溜め」を増やしていけるのかを真剣に考えなければならないと思います。

一時期、希望格差社会というキーワードが流行りましたが、『貧すれば鈍する(貧困の度が過ぎると、何も有効な行動ができなくなる)』というのは一面の真理なので、『どうせ俺なんか頑張ったってどうにもならない』というような自暴自棄に陥らないで済むような多面的な若者支援が必要ですね。『こうすればある程度の生活水準まではいけるし、教育の向上や技術習得は支援するから就職に向けて頑張る意味はあるよ』という大まかな道筋を社会全体で示して、衣食住の最低限の生活を守ってあげながら段階的な経済的自立を促進していくようなシステム作りが求められていると思います。

受験や資格試験の勉強を真剣にやったことがある人でも、『明日を生きていけるかどうか分からないという極限状況』では勉強に集中できないはずです。出世や昇給のない単純労働のループから脱け出すためには、ある程度専門的な技術や知識を身に付ける必要があるので、そういった勉強や技術習得にやる気のある人を増やしていく労働政策が望まれます。フリーターや無職の若者に試用期間を設けて企業内で研修するような制度を、もっと公的支援で充実させたりすると面白いのではないかと思いますし、『仕事が好きではない若者』に対しては仕事をすれば上達したり発展したり状況が変わったりするような仕事を与えてみれば意欲が向上するかもしれませんね。

私はいつもこう言っているのですが、新しい仕事に就くということは、大変なことです。会ったことがない人たちと、やったことのない作業をやるってこと。多くの人はできると思うんですね。しかしやったことないんだから、そこには実は根拠がない。なんで根拠もないのにできると思えるのかというと、「今までやったことないことやらせてもらえた」「チャンスをもらえた」「やったことないことをやってうまくいってほめられた」といった「成功体験」みたいなものを過去に持たせてもらえた。だから、それを応用して「できる」と思えるんです。 逆に言うと、そういう経験に乏しい人にとっては、「できる」と思えない。本人にとってはこれが、大問題だったりするんですよね。

仕事の面白さを知ることができるかどうかは人生の充実度に大きく関わってきますが、現状では派遣労働やアルバイトなどを中心に『質(仕事の成果や自分のスキル)』よりも『量(そこに決められた時間いるかどうか)』が重視される労働状況もあり、将来の自分の成長につながらないような仕事内容がやる気を削いでいる部分もあるのではないかと思います。誰もが生活するために働くというのがもちろん基本なのですが、そこにプラスアルファの要素を自分で見つけていかないと長い期間にわたって意欲的に働き続けるのは難しいのではないかと思うのです。そのプラスアルファが仕事内容以外の部分、恋人と一緒に生活する為とか家族を養う為とかそういった理由でも十分に素晴らしいものだと思います。

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テーマ : 格差社会
ジャンル : 政治・経済

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