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2007.10.0713:23

平安女学院(京都)と福岡女学院(福岡)の間で、セーラー服の起源を巡る論争が勃発!

平安女学院と福岡女学院の間で、セーラー服の起源を巡る論争が勃発!

少子化社会が本格化することを受けて、義務教育課程ではない高校・大学・専門学校では『生徒集めのための自校の魅力や伝統のアピール』に必死になっている現状があります。つまり、『他校にはない自校独自の進学率・歴史・校風・制服のデザイン』などをアピールして、できるだけ多くの生徒に入学して貰いたいということで、学校の独自性を主張することは学校法人の経営方針の一つになってきています。そんな流れの中で、『セーラー服の起源(どこの学校が一番初めにセーラー服型の制服を導入したのか?)』を巡る論争が、福岡の福岡女学院と京都の平安女学校との間で巻き起こったということです。

学生服大手である「トンボ」(岡山市)が、『制服資料の展示施設』をリニューアルするために全国の学校史などを調べる中で、『セーラー服の発祥地』を巡る議論の種が蒔かれたということですが、今までは、1921年にセーラー服を導入した学校法人「福岡女学院」(福岡市)が発祥の地とされていたようです。しかし、実際の歴史を調査してみると、1920年に京都の平安女学院がセーラー襟の付いたワンピースの洋服を制服に採用していたことが明らかになったんですね。今までセーラー服の発祥校とされていた福岡女学院の校長は「今のスタイルはうちの制服が起源だ」と主張して慣習的な正当性を訴えていますが、実際の歴史時間ではやはり平安女学院のほうが早かったようです。

しかし、以下の毎日jpの新聞記事を見ても分かるように、どちらも非常に長い歴史と伝統を持っている学校ですが、個人的には写真を見ると『採用した時期の早さでは平安女学院・現代風のセーラー服のデザインでは福岡女学院』という印象を受けました。

セーラー服:発祥論争 平安女学院VS福岡女学院

学院は1875年に開校、幼稚園から大学まで運営している。セーラー服採用の詳しい経緯は不明だが、「当時は入学希望の理由となるほど好評だった」という。制服はその後ブレザーに変わったが、昨年、中学でセーラー服が復活した。

一方、福岡女学院は1885年開校。宣教師の校長が発案し1917年からセーラー服導入を検討、21年に導入した。スカートにプリーツが入る今の一般的なスタイルに近い形だった。80年代に「日本初のセーラー服」と報道され、入学パンフレットにも「日本初」と記載されている。女優の牧瀬里穂さんや歌手の広瀬香美さんらが卒業したことでも知られ、03年には玩具大手「タカラ」(現・タカラトミー)が同学院のセーラー服姿の「リカちゃん」のキーホルダーを発売し話題を呼んだ。

学校の服飾史における新たな事実が発見されたことで、嬉しくてにんまりしたのは「今まで自分の学校のセーラー服の歴史の深さに気づいていなかった平安女学院」だと思いますが、悔しくてがっかりした福岡女学院のほうも、新聞記事に大々的に取り上げられたことで改めて注目を集められたのではないかと思います。「多くの学校がうちの制服を参考にして、セーラー服を導入してきた。入学パンフの記載を変えるつもりはない」と福岡女学院の広報担当者は強気の発言をしていますが、歴史的な新発見と慣習的な立場との譲れない戦いといった感じですね。ただ、やはり平安女学院と福岡女学院の1920年代のセーラー服のデザインは明らかに受ける印象が違うので、『今につながる近代的なセーラー服デザインの発祥校』というような表現で福岡女学校も独自性を主張できるのではないかと思います。うーん、最近はブレザーの高校のほうが多くなっていますけど、平安女学院では今回の嬉しい新発見を受けて、また改良したセーラー服スタイルを取り入れたりするのかもしれませんね。

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