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2006.02.0413:25

アメリカの抱えるブラック・ビューティーの黒人文化と教育領域における再分離の問題

歴史的な単一性はさておき、とりあえずの単一民族国家である日本に生きる僕らは、人種差別や民族差別というものに対して鈍感だ。日本でも一部の国家主義や愛国者達は、中国や韓国の人たちを嫌ったりはするけれど、それは明瞭な民族差別の陰鬱さはペナルティとは基本的に関係のないものだ。

僕達は、アメリカと聞いて何をイメージするだろうか?正義を掲げた戦争の好きなブッシュ大統領が率いる経済の先進国や自由や人権を強引に普及させていくグローバリゼーションの国といったイメージだろうか?

現代では、共産主義の首領であったソ連が支配する東欧共産圏が崩壊してしまった為に、アメリカの自由な資本主義イデオロギーそのものを特別に意識することは少なくなった。

それでも、やっぱりアメリカといえば即座に浮かぶ思想は、統制主義に対する自由主義であり、社会主義(共産主義)に対する資本主義であり、独裁主義に対する民主主義ではないだろうか。

細かいアメリカ内部の思想の対立なんかには踏み込まないけれど、アメリカが信奉する正義というのは『自由と人権』に深く関わっている。

では、アメリカがその人間としての基本的な権利である人権の保護に対してとってきた態度が、歴史的にずっと正しいものであったかといえばその答えは「ノー」だ。アメリカ合衆国は、元々、ネイティブ・アメリカン(インディアン)達の楽園としてのフロンティアだったものを、白人達が後から入ってきて西部開拓という侵略戦争によって略奪した国家だ。

そういった建国の歴史に侵略行為があるのは何処の国だって同じで、それは今になって倫理的な裁きを受けるものでもないだろう。日本の天皇家だって遥か古代にさかのぼれば、大和とか河内地方の強大な豪族の一つに過ぎなかった。

そこから、熊襲だとか蝦夷だとかいった遠方の反抗的な異民族を討伐(侵略)して、今の日本民族の原形と身分秩序を作ったのだ。そういった『建国にまつわる討伐の伝説』は、ある程度歴史のある国には何処にでも残っているものだ。

インディアンへの差別的政策は兎も角として、アメリカ合衆国が背負っている人種差別にまつわる負の遺産はやはりネイティブ・アフリカンと呼ばれる黒人の『生まれながらの環境的不利益』に関するものだろう。

人種の坩堝といわれるアメリカには、黒人以外にもヒスパニック系など人種全体として経済的に貧しく政治的に発言力が弱い人種の層は数多くある。なぜ、『黒人に対する差別の残滓』に関心が向かいやすいかというと、過去に『白人による奴隷的支配を受けた歴史』があったからだ。

今、法律上や政治上の明確な人種差別はアメリカに存在しないが、経済格差や教育格差といった生育環境の絶望的な格差による黒人層の不利益の問題や、貧困層の黒人と別の学校で勉強させたいとする差別主義的な価値観を持つ白人の一部の層の台頭が問題になってきているらしい。

白人の中には、かつてKKKといわれるような、特殊な人種的優越感に浸る奇怪な集団もいたが、そういった白人至上主義の伝統は確かに密かに息づいているとはいえるのだろう。

人種の壁は崩せるのか:ラブ&ヘイト/5止 残る機会の不平等

昨年亡くなった黒人女性、ローザ・パークスさんが1955年、白人にバスの席を譲ることを拒否し、米国の公民権運動拡大のきっかけをつくったアラバマ州モントゴメリー。ここのラニア公立高校の廊下で、エバリッジ教頭が黒人生徒に声をかけた。「ジェントルマン、校内では帽子を脱ぎなさい」。敬称で呼ぶのは、少しでも自尊心を持ってほしいからだ。

米連邦最高裁は54年、人種分離教育を違憲と判断し公立学校は人種統合された。それを嫌った白人は郊外に転居したり私立校を設立し、都市部の公立学校にはマイノリティー(少数派)が残された。公民権運動以前は生徒全員が白人だったラニア校も今は99%が黒人だ。3年生のアダム・ミースさん(18)は「偏見が残る白人の両親世代は、子どもたちを分離したいんだ」と話す。

生徒の約8割が貧困家庭。大学に進学するのは2割で、3~4割は軍に入隊する。ルイス・ワシントン校長は言う。「親の所得によって子どもの通う学校が分かれ、人種再分離が起きている」

分離教育が禁止された後、全米でバス通学の制度が広がった。白人多数の学校に黒人を、黒人多数の学校に白人を通学させ人種統合を促進するためだ。しかし、最高裁が74年、デトロイトでバス通学の廃止を認めてから人種統合のための制度は縮小傾向にある。

今、黒人文化は、ブラックビューティーと呼ばれるほどに世界に対して強い影響力を持つようになってきていて、過去の不幸や屈辱の歴史の傷跡を僕達が間近に見る機会はまずない。日本人のヒップホップやラップの音楽文化に限定すれば、日本人は黒人の音楽的センスに対して畏敬と感動の念を持っているといっていい。

黒人は、身体能力、運動能力、リズム感などにおいて圧倒的に他の人種や民族より優れていて、ヒトの生物学的起源としても最も由緒のある遺伝子の所有者であるが、不幸にも産業革命に象徴される文明化の発展の波に乗り遅れることによってヨーロッパやアメリカといった白人国の軍事的支配を受けてしまった。

しかし、現在では、音楽、芸術、スポーツといったあらゆる領域においてその先天的な才能や実力を遺憾なく発揮し始めているのである。

関連する記事: 音楽、スポーツ、ファッションなど黒人文化の世界的評価の高まりとアメリカの抱える歴史的な負の遺産

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テーマ : アメリカ合衆国
ジャンル : 政治・経済

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