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2009.05.0600:12

大学進学率は20%でいいという三浦展氏……基礎学力・職業能力・向上心につながらない「下流大学」の不要論!

大学進学率は20%でいいという三浦展氏……基礎学力・職業能力・向上心につながらない「下流大学」の不要論!

新書『下流社会』などの著作で知られる消費社会研究家の三浦展(みうら・あつし)さんが、『下流大学が日本を滅ぼす!』(ベスト新書)という本を出版しています。以下の記事によると、この著書によって三浦展さんが主張したいのは、『基礎学力・専門知識・職業能力・向上心・自立心』を養えない下流大学は不用・有害であり、こういった大学の運営資金には税金を投入すべきではないということのようです。

大学進学率は20%でいい  「下流大学」に税金投入価値なし (連載「大学崩壊」第3回/消費社会研究家の三浦展さんに聞く)

三浦 明らかに多すぎます。勉強しなくても大学に入れる状況なので、学力のない学生を量産しています。親の学費負担などで社会の活力を奪っている面もあります。一定の学力のある学生だけ入学させるようにして、それで大学が半分つぶれてもいいと私は思います。そうでないと、大学行政は、不要な高速道路を大量に造って国民の借金を増やしてきた、あの悪名高い道路行政と同じではないでしょうか。

――「大学の下流化」とは、偏差値の低い大学が増えたという意味ですか。

三浦 いいえ、いわゆる三流大学が増えたということではありません。成績がいいか悪いかではなく、基本的な学力すらない、そして向上心や学ぶ意欲そのものが低い学生を生み出している大学行政、教育行政全体をそう呼んでいます。今では東大ですらそういう傾向があります。

大学のレジャー施設化や遊興期間化というのは何十年も前から批判されていたことですが、「高額な大学の学費」と「巨額な大学経営の公的負担」を考慮すると、今後は職業能力や専門知識、思考能力を向上させられない大学機関の存在意義が薄れていく可能性が高くなるのではないでしょうか。子どもの数が減少する少子化によって、大学の入学志願者が全員入学できるという『大学全入時代』に入ってきていますが、その一方で親の経済的問題によって私立高校を中退せざるを得ない生徒も増大してきているといいます。

『親の経済・教養格差』が『子の教育格差』につながってくるという問題も多く指摘されていて、この格差の連続性によって職業の世襲や社会階層の固定といった新たな問題が生まれてきますが、『大学全入時代』では『大学教育の名に値しない教育カリキュラム(中高生時代の学習内容の繰り返しレベルの講義)』が増えていることが懸念されます。こういった大学を『下流大学』としてラベリングすることの倫理的問題はありますが、高い学費を支払って大学を卒業しても、将来の仕事や職業に役立つ専門知識・技能をまったく得られなければ意味がないという意見も分かります。

しかし、今までの大学教育の内容を振り返れば、東大・京大・慶応・早稲田・医大などに代表される一部の一流大学の専門課程を除外すれば、大半の大学は『大卒資格・学士の学位』を形式的にもらって就職を有利に進めるためだけに卒業していたという現実があります。実質的に大学教育・専門課程教育のレベルに達していない三流大学であっても、大学を卒業していれば高卒の人よりも高い給与を貰える確率が上がるということがあったので、今まではどんな大学であっても高い学費を支払う親がいたのでしょう。

あるいは、就職や仕事にほとんど役立たないような大学であっても、高卒よりは大卒のほうが聴こえが良いというような世間体や見栄のようなものもあったでしょうし、『学問・研究・専門教育』のために大学進学をするという人は国立大学であっても少数派だったような気がします。純粋に、専門家・職業人(教員)を目指すために進学する医学部・薬学部・法科大学院(ロースクール)・教育学部(教員志望者)などはありますが、入学時点の段階で『大学を卒業して医者・法曹・教師・会計士になろう』というような職業適応上の目的意識を持っている学生というのはやはり少ないでしょうね。

大学教育は実利性と実益性が第一というわけではないので、自分の人生の方向性や職業の選択性をゆっくり考える『モラトリアム期間』として大学に通学することが悪いことだとは思いませんし、教育・学問研究のすべてが職業・産業的な金儲けとイコールで結ばれるべきだとも思いませんが……4年間の学生生活の中で何か一つでも自分に自信を持てる学習経験や心(人生観)の豊かさにつながる教養の蓄積が出来れば良いとは思いますし、自分自身の将来設計(経済生活)のためには『職業適応や稼得能力につながる専門知識・専門資格・特殊技能』を身に付けたほうがいいことは確かですね。

引用した記事の中で、三浦展氏は『高校をなくして、専門学校、短大、大学を含め「職業コース」として再編することを提案しています。中卒後に、大学へ行くための専門知識を履修するコースに進む生徒と、職業コースへ進む生徒に分かれる。両方のコースに同時に行く生徒がいても良い。その後、どちらのコースからも大学に進学できるが、進学率は20~30%でいいというイメージです。フィンランドでは私の考えに近いシステムになっています』と語っていますが、現代の雇用情勢・専門技能にマッチした『職業コース』を高校の学習カリキュラムに加えていくのは面白い試みかもしれません。

大学教育に関連した記事として、やっぱり何だかんだいっても『東大の教育・研究・創意の能力』は他の大学よりも圧倒的に抜きん出ているという次のような記事があります。

東大「一人勝ち」ますます進む 京大や早慶「何をやっとるのか」(連載「大学崩壊」第2回/国語専門塾代表・中井浩一さんに聞く)

――今話に出てきた京大は、物理や化学などの理系のノーベル賞受賞者が、東大より多いとよく言われます。東大とは違う独自性を発揮しているとは言えないでしょうか。

中井 そういう部分を全否定する気はありません。しかし、ノーベル賞受賞者が京大を卒業したのって何十年前の話ですか。差があるといってもごくわずか数人差です。確かに、京大には例えば1970年前後ごろ、今西錦司や桑原武夫、梅棹忠夫など学問をリードする人材がいて輝いていた時代がありました。しかし、それ以降は凋落がはなはだしい。その原因は、学内を優遇する親分・子分人事にあります。

一方東大は、90年代に建築家の安藤忠雄や京大卒の上野千鶴子を教授として外部から迎え、最近では早大卒の政治学者姜尚中を迎え入れるといった、思い切った人事をしています。学内の序列で順番待ってる人がいるのに、よそから教授を連れてくるのは大変なことです。また、やはり90年代ですが、東大は教養教育の新しいカリキュラムを実施し、そこから生まれた本を出版、「知の技法」と「ユニヴァース・オブ・イングリッシュ」はベストセラーになりました。こうしたことができる力が東大にはある、ということです。他大学では感じられないパワーが確かにあります。

国立大学が独立行政法人化された後も、東大の競争力・創造性には優れたものがあり、偏差値では二番手の京大の凋落の傾向が目立ってきているという話ですが、かつて『官僚養成機関』としての役割が強かった東大の教育組織が硬直化せずに新しい価値観を生み出せている状況には素晴らしいものがあります。他の大学も、東大の組織改革や教育カリキュラムの改善に追随するだけではなく、真正面から東大と張り合うような意欲的な競争を展開してもらいたいと思いますが、『東大一人勝ち』の風潮が無くなった時に、初めて『ブランド価値獲得のための大学進学』という形式が崩壊するのかもしれません。

いずれにしても、東大・京大といった国内トップレベルの大学の話をする場合には、欧米の一流とされる大学との比較がなければ意味がない気もしますが、グローバル化した経済環境・教育環境の中でますます心身ともに充実した優秀な人材を巡る競争は激化していくことになると思います。

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